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『麦家の雲呑麺ばかりを食べてみた』
昔の香港通信をパラパラと読んでいると蝦雲呑麺の話が。日本人観光客が香港で気に入ったものランキングにB級グルメ編があるとしたら、必ずランクインするであろう雲呑麺だから載るのもまったく不思議ではありません。見出しはこう、「中環ワンタン麺勝負」。店舗の場所や特徴のリストか?勝負ということはスタッフの採点でランキングか星の数で評価か?と思いきや、雲呑麺の発祥から中環に三強が揃うまでの解説でした。雲呑麺の歴史がわかり面白い記事でした。

もうちょっと詳しく知りたいと思いネットでいろいろ調べる(※)と、日本語のサイトでは麥[不/大]雲呑麺世家が150年の歴史だというサイトだけが見つかりました。香港のサイトでは壹リンゴ車網のサイトにもっと詳しい歴史が書かれていました。このサイトを気合入れて読みますとやはり雲呑麺の起源は香港通信と同様で麥煥池(香港通信では麥鉄雄)が広州でヒットさせことによるとなっています。その息子、麥[不/大]は雲呑麺の申し子で中環で成功し、またその息子志忠が忠記を開店させ、麥[不/大]は娘婿と世家を開店させます。後に次男の志明も世家の経営に参加します。初代の煥池は三人の子供がいて後に池記を継いだのはその長男だったのでしょうか?
煥池にはたった一人だけ家族以外に雲呑麺を教えた弟子がいます。それが何洪記の何[金リ]洪です。その息子がハッピーバレーに正斗粥麺を開店させました。この他にも麥[不/大]の伯父でしょうか麥文在という人も麥文記という雲呑麺屋を佐敦に開いています。

池記の系譜

なんとも有名店がズラリと並んだもんです。みんな池記から始まったんですね。

ということで系譜を食べ歩いてみましょう。まずはハッピーバレーの正斗から。

雲呑麺の系譜02

店の内外は大変綺麗で雲呑麺一杯だけを食べに入るのには気が引けます。が、気にしません。入り口にいた案内の黒スーツのお兄さんに綺麗なテーブルに案内されて綺麗な椅子に座ります。周りのお客で雲呑麺だけを食べてる人などいません。どうせ雲呑麺しか頼まない日本人客がいっぱいくるんでしょ?雲呑麺のみを頼みました。久しぶりの極細ゴワゴワ輪ゴム麺との再会です。雲呑麺なのに雲呑君たちが見えません。香港の粥麺屋はどんぶりに具を先に入れて後から麺やら粥やらを入れるので具が見えないんですね。客にどう見えるかではなく作るほうの都合が優先される?

雲呑麺の系譜03

ほじくり出すと雲呑は小ぶりです。

雲呑麺の系譜04

蝦子。これと蝦雲呑と黄ニラがデフォの構成です。だしは大地魚(ヒラメの干物)とのことです。

次は父親の何洪記です。目的はお店を巡ることで雲呑麺の味比べではありません。二軒目で早速雲呑麺から脱線して薑葱[キ勞]麺(本当の名前は忘れました)を頼みました。ようは葱と生姜の千切りがのった和え麺です。美味いです。

雲呑麺の系譜05

帰りに気づいたのですが、入り口の食材ショーケースには山盛りの葱と生姜の千切りがありました。この店の名物だったのでしょうか?他の客が食べてるものを見る限りそうではなさそうだったけど。

雲呑麺の系譜06

銅鑼灣近辺最後は親玉の池記です。池記では昼過ぎのサービスで飲み物が一杯無料でした。テーブルをシェアしたおばさんが教えてくれたのです。ということで、おばさんが飲んでいたものと同じものを頼んでもらいました。意米水(イーマイソイ)というそうです。とても甘く雲呑麺のスープが進みます。頼んでもらった手前美味そうに全部飲むか、おばさんが先に帰るかどちらかしか道はありません。全部飲みました。

雲呑麺の系譜07

基本的に正斗と同じです。

雲呑麺の系譜08

雲呑は香港らしくなく皮が日本のようにヒラヒラしています。リンゴ誌の表現を借りると金魚のようにヒラヒラです。

雲呑麺の系譜09

箸のデザインは正斗と同じでした。紫檀風(プラ)の本体に天(頭)あたりに店名の入った小さなプレートが貼ってあります。そういえば、何洪記の名詞と正斗の名詞のデザインは同じでした。一門ですね。系譜をたどって良かった。

次は中環に移動して…ここからが少々ややこしい。系図によると機利文新街の[不/大]記、永吉街の麥[不/大]忠記、威霊頓街の麥[不/大]雲呑麺世家とあるはずです。やっちまいました。中環で入った二軒は両方とも忠記でした。近所に二軒もあるなんて

雲呑麺の系譜10

雲呑麺の系譜11

一軒目、徳輔道にある忠記。店は綺麗です。雲呑麺の構成も他の店と同じです。味は今までの店よりしっかりしていたんではないでしょうか。しょっぱいともいいます。

雲呑麺の系譜12

二軒目、永吉街の忠記。こちらは綺麗じゃないです。古い茶餐廳の内装です。ここでも雲呑麺ではなく京都炸醤麺を頼みました。味もよく量もこの時点ではうれしくないけど多いです。もうしばらくは雲呑麺は食べたくないです。

※広東語だけに限ったことではないけれども、とにかく同じ文字を指しても日本の漢字と繁体字やらの漢字は別形状なのでどっちも調べると検索がとても面倒臭い。さらに文字の入力も日本のFEPからじゃ簡単には行かないことが多いのも辛いところ。同じアジア圏でもハングルは日本と同一文字も無いしソフトキーボード使えるから楽でいいなぁ。

■ 参考資料
香港通信1997年7月号
壹リンゴ車網による麦[不/大]の歴史
■ 関連サイト
何洪記



2010/03/14追記
天后の次女の店「麥兆記」を系譜に追加しました。それにあわせて系譜図を修正しました。
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【2007/12/28 15:27】 2007年末 香港 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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『納豆のタレで作ってみました』
納豆のタレ01

納豆のタレっていつから付いてくるようになったのでしょう。納豆にはカラシと細ネギを薬味で使い、味付けは醤油のみというのが一番多いのではないでしょうか。メーカーはこのタレで食べることを想定して作っているはずだからということで、一度食べてみましたが妙に甘いです。やっぱり要りません。入っていても使わずに捨ててしまいます。

そもそも要らないだろう。納豆コーナーに別途置いといて欲しい人だけ貰えばいいじゃないか。納豆の付属品ではなく醤油指しのような形で納豆のタレとして発売すればいいのに。などなど納豆のタレに対する不満は止まりません。

とある状況でタレを捨てずにいたら11個溜まっていました。基本成分は醤油・みりん・ダシ。和食になら何にでも使えそうです。煮物に使うか?普通じゃない状態の調味料だから普通じゃつまらない。

ひらめきました。なめ茸です。どれもこれも似たような変な瓶に入ったご飯の友なめ茸です。

納豆のタレ02

約100円のえのきを一袋を買ってきて、適当な長さに切りバラバラにします。少量の水で煎るようにします。火が通ってしんなりしたらタレを全部投入します。煮詰めます。見た目は売り物のようになりました。若干色が薄く汁っけが少ないかな。

納豆のタレ03

冷まして保存します。あの変な瓶だと匙でほじくらないといけなくなるので普通のプラ容器がいいでしょう。雰囲気も楽しみたければアノ瓶がいいかもしれません。

納豆のタレ04

炊き立てのご飯に大根おろしとなめたけで試食します。うはっ、なめたけだ。タレが11個ではちょっと味が薄いです。大根おろしに醤油をかけて食べるとちょうどよいです。納豆のタレを使い切った快感と意外な作り方でなめ茸ができたことにニンマリ。
【2007/12/18 20:06】 自作料理 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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